寛保2年(1742年)に出された法令を、市指定文化財「旧東方村中村家住宅」当時の当主・智栄が延享3年(1746年)に筆写したものです。回覧されてきた「御定書」(法令)を名主として書き写したものでしょう。
この頃、中村家は財政が逼迫していき、寛延2年(1749年)には智栄は名主役が勤められなくなって田畑家財を売り払い離散したと別史料の家譜に記されています。
市指定文化財「旧東方村中村家住宅」は智栄の息子である智宗が安永元年(1772年)に建てたものです。
なお、この史料は文化財ボランティアが古文書の翻刻を行いました。
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