元荒川沿いの「御殿町」には、徳川家康が鷹狩りなどで来訪した際の「越ヶ谷御殿」があったと伝えられています。御殿町は越ヶ谷御殿が地名の由来になっています。
この史料は御殿地の来歴・経緯について郡代所からの照会に応えた嘉永元年(1848年)の文書の写しです。
冒頭部分には「武州埼玉郡越谷宿本町にお屋敷があり、この御殿の管理を浜野藤右衛門という者が勤めておりました。この御殿が江戸城内に移転後の跡はその藤右衛門拝領となった由緒と、そこに樹木を植林した経緯についてお尋ねがありましたので、左にお応え申し上げます」と書かれ、それ以降には、もと増林村にあった御殿が慶長9年(1604年)に今の御殿町に移されたことなどが記されています。
デジタルアーカイブではこの史料画像と翻刻データを重ね並べ表示しています。